SDGsという考えにおいて自分たちにできる事

SDGsって

SDGsには、17の目標がある。そしてその目標の下に169項目のターゲットがある。どれを読んでも壮大な事が書いてあって、17項目を見ると言いたいことはなんとなくわかる。そしてさらにその下の169項目を読むと自分たち中小企業や一個人に何ができるのだろうか?と考えてしまう。

たぶん多くの人が、その段階になって自分とはあまり関係ないなと思ってしまうと思います。

それで一回SDGsの発想が生まれた根本に戻ってみました。

根本は、そもそも今の人類は今のままの生活をしていたら、地球がどんどん壊れて行き、貧富の差がどんどん開き、とても住みにくい星になってしまうから根本から思想を変えようという発想の元に生まれた事だと認識しています。

そもそもなんで今の世の中になったのか

資本主義社会:消費する事で経済が回る仕組みになってしまった。物を動かさなくてはお金の流れが生まれない。だから、必要のないものまでも生産して物欲をかきたてて消費させる。
様々ないらない機能を持たせて付加価値をつける。挙げ句の果てには壊れないと消費が回らない。それでできるだけ安くしたいということから長く使えない製品が量産されるようになっていき結果ゴミも増える。

SDGsとこれからのビジネス

ぼくが理想とする世の中は、物欲・金欲・地位・名誉といったもので欲を満たすのではなく、心を豊かにする事で欲を満たす人々がどんどん増えていけばいいと思っています。

生活しなければいけないからお金が欲しい。お金を得るには地位や名誉があったほうがいい。要は生活するためにお金がかかる世の中が問題であって普通に生活する分にはお金が必要のない世の中になれば、人はもっと自由な時間を手に入れて心豊かな生活が送れると思っています。

働かなくていもいい社会

究極働かなくてもいい社会を実現すればいいわけすが、食料は誰が作るの?医療や介護はどうするの?という人がやらなくてはいけない仕事はまだまだたくさんありますが、AIの進化によってそれらはロボットが担う時代になってくると思います。

働かなくてもいいんならみんな働かなくなるじゃん。という人がいます。
確かに今、自分の時間の多くを仕事に費やしている人にとっては自由になる時間が欲しくて仕方ない。そもそも働くのがめんどくさい。という考えになるのは必然的です。

ただし、自由な時間が多くなり余暇を持て余すようになると「自分は何のために生きているんだろう?」と存在意義をとうようになり、「だれかのために何かをしたくなってくる」と言われています。

嫌々働くのと自ら働くのでは大きな違いがあります。
見出しにしたように働かなくてもいい社会は、自ら働く社会になると僕は思います。

自分たちにできること

世の中が、だんだんSDGsとは逆の方向に向かっています。

奪い合いから兵器が生まれ、戦争から憎しみが生まれる。
多くのお金や資源・時間が戦争(破壊)のために費やされていく。
正直、このお金や資源・時間をもっと建設的な事に使えれば、例えば核融合施設を全世界協力の元に作る。砂漠の緑化、宇宙開発など人々が幸せに豊かに生活できる仕組み作りを人類一丸となって取り組めればもっと未来はあかるくなると思います。

ただ、これらの方針を決定するのは資本主義社会の元に地位や権力を得た人たちで末端の人間に変えられるものではない。

SDGsという考えに置いて個人でできることはなんだろうかと考えてみると、なるべく消費せずに少ない物をうまく利用し、小さな事を幸せに思える自分になることかなと思う。