
昨日、お客さんからこんなことを言われた。
「AIで作ったチラシやホームページって、なんか手触り感がないんだよね」
手触り感?
紙の質感の話ではないことはわかる。
でも、その言葉が何を意味しているのか、すぐには理解できなかった。
綺麗にできていると思う。
情報も整理されている。
見やすいし、わかりやすい。
それなのに「手触り感がない」。
その言葉がずっと頭に残っていた。
デザインの世界でいう「手触り感」って、なかなか曖昧な表現だよね。
でも、綺麗に整っていることと、人の心に響くことは、必ずしも同じではないのかもしれない。


そうなんだよね。
それで考えているうちに、ふと木工のことを思い出した。

僕は一心舎木工室で家具を作っている。
基本的に使うのは無垢の木材。
家具の世界には、いわゆる「貼りモノ」と呼ばれるものがある。
合板などの下地に、メラミン化粧板などを貼って仕上げる家具だ。
これが実によくできている。
見た目は綺麗。
表面は均一。
傷や汚れにも強い。
メンテナンスも楽。
価格も抑えられる。
工業製品として考えれば、無垢材より優れている部分がたくさんある。
でも、僕はあまり好きじゃない。
理由は単純。
触ったときの、あのビニールっぽい感触が好きじゃない。
遠くから見れば本物の木のように見える。
でも、触ると違う。
無垢の木には、木目の凹凸や温かさ、素材そのものの感触がある。
同じ樹種でも一枚一枚表情が違う。
節があったり、色が違ったり、少し曲がっていたりする。
それが僕には魅力的に感じる。
でも無垢材って、作る側からすると扱いにくいんじゃない?


そう。かなり面倒くさい(笑)。
湿度によって反ったり、伸び縮みしたりする。
材料も高い。
木目や色が均一じゃないから、材料選びにも時間がかかる。
加工も仕上げも手間がかかる。
だから、仕事として家具を作るプロが、生産性や品質の安定を考えて貼りモノを選ぶのは当然だと思う。
僕だって、家具を大量に作って利益を出さなければいけない立場なら、同じ選択をするかもしれない。
貼りモノが悪いわけじゃない。
むしろ、とても合理的な素材だ。
ただ、合理的であることと、自分が好きかどうかは別の話。
僕は少し不揃いでも、面倒くさくても、無垢の木が好きなんだ。

ここで、ふと思った。
僕は長年、印刷やデザインの仕事をしてきた。
お客さんから仕事をいただいて、チラシやパンフレット、ホームページを作る。
当然、商売だから利益を出さなければいけない。
できるだけ効率よく作りたい。
修正しやすい方がいい。
誰が見ても綺麗で、わかりやすいものにしたい。
そして最近はAIがある。
AIを使えば、以前なら何時間もかかっていた作業が、驚くほど短時間でできてしまう。
しかも、かなり綺麗に仕上がる。
余白も整っている。
文字も読みやすい。
色のバランスも悪くない。
でも……。
これって、僕が木工で好きじゃない「貼りモノ」と同じことをしているんじゃないか?
そんなことを思った。
なるほど。
貼りモノの家具も、AIで作ったデザインも、合理的で完成度が高い。
でも、綺麗に整える過程で、何かが失われているのかもしれないね。


そうなんだよ。
もちろん、AIで作ったものが全部そうだとは思わない。
人間が作ったものだって、無難で面白くないデザインはいくらでもある。
逆にAIを使っても、個性的で魅力的なものは作れるはず。
問題はAIそのものじゃない。
僕自身が、AIを使って何を作ろうとしているかなんだと思う。
効率よく。
綺麗に。
修正しやすく。
誰からも文句を言われないように。
そんなことばかり考えていると、自然と無難なデザインになってしまう。
家具でいえば、反らない、汚れない、傷つきにくい、均一な貼りモノを選ぶのと同じ。
間違ってはいない。
むしろ商売としては正しい。
でも、それだけでいいのかな?

僕は木工室で家具を作るとき、結構好き勝手にやっている。
余っていた木材を組み合わせたり、わざわざ面倒な加工をしたり。
材料を眺めながら、どう使おうか考える時間も楽しい。
作り始めてから気が変わることもある。
失敗することだってある。
でも、あまり気にしない。
なぜなら、木工室はまだ大きな商売になっていないから。
利益を追求していない。
だから、時間をかけられる。
自分が面白いと思うことを優先できる。
ところが、デザインの仕事になると途端に効率を考えてしまう。
早く仕上げなければ。
利益を残さなければ。
修正が少なく済むようにしなければ。
そう考えているうちに、いつの間にか自分の好きなものを作るという感覚が薄れていたのかもしれない。
でも、時間をかければ手触り感が生まれるとも限らないよね。
無垢材を使えば必ず良い家具になるわけじゃないのと同じで。


そうなんだよね。
手間をかけたから良いデザインになるわけじゃない。
わざと不揃いにしたり、手作りっぽく見せたりすればいいという話でもない。
じゃあ、手触り感って何なんだろう?
木工で考えると、僕は木材の節や色の違いを欠点だとは思っていない。
むしろ、その木の個性だと思っている。
だったらデザインでも、もっとお客さん自身の個性を表現した方がいいのかもしれない。
その会社らしさ。
その人らしさ。
その店にしかない雰囲気。
綺麗に整理するだけじゃなくて、そういうものを拾い上げる。
時には、少し不格好でもいい。
万人受けしなくてもいい。
その人が大切にしているものが伝われば、それが魅力になるんじゃないだろうか。

AIが登場して、デザインの仕事はものすごく効率化された。
僕自身、その恩恵を十分に受けている。
これからもAIを使い続けると思う。
でも、AIが綺麗に整えてくれるからこそ、気をつけなければいけないことがある。
綺麗に整えることが、デザインの目的になってはいけない。
本来、デザインは何かを伝えるためにある。
誰かの思いや、その会社の魅力を形にするためにある。
AIはそのための便利な道具。
ただ、何を伝えたいのか、何を大切にしたいのかは、人間が考えなければいけない。
そう考えると、お客さんの「手触り感がない」という言葉は、かなり本質的な指摘だったのかもしれない。

僕は無垢の木が好きだ。
反るし、割れることもある。
色も木目も均一じゃない。
でも、その不完全さも含めて魅力だと思っている。
デザインも同じなのかもしれない。
もちろん、仕事だから利益は必要。
効率化も必要。
AIを使うことも、まったく悪いことじゃない。
でも、効率ばかり追いかけて、肝心なものを失ってしまっては意味がない。
AIを使って、もっと人間らしいデザインを作る。
一見、矛盾しているようだけど、これから僕が考えていきたいのは、そういうことなのかもしれない。
じゃあ、これからはAIを使いながら、無垢材みたいなデザインを目指すんだね。


そうだね。
でも、まだ「手触り感」の正体がわかったわけじゃない。
ひょっとしたら、お客さんが言いたかったことは全然違うのかもしれない(笑)。
ただ、ひとつ気づいたことがある。
僕は木工では無垢を選んでいるのに、デザインでは知らず知らずのうちに貼りモノを選んでいた。
それに気づけただけでも、あの一言には大きな意味があったと思う。
今度お客さんに会ったら、もう一度聞いてみよう。
「手触り感って、具体的にどういうことですか?」って。
